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東京高等裁判所 昭和60年(行ケ)33号 判決 1986年7月29日

原告

大森機械工業株式会社

被告

特許庁長官

主文

特許庁が、昭和55年審判第3612号事件について昭和59年10月25日にした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

1  原告

主文同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和52年4月7日、名称を「深絞り型包装々置等における成型用フイルムの加熱成型方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和52年特許願第39061号)をしたが、昭和54年12月20日拒絶査定があつたので、昭和55年3月13日審判を請求し、昭和55年審判第3612号事件として審理され、昭和59年5月2日付で手続補正(以下「本件補正」という。)をしたが、同年10月25日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は昭和60年2月6日原告に送達された。

2  本願発明の特許請求の範囲

(1)  本件補正前

帯状の成型用フイルムの長手方向両側縁を挟持して間歇移送し、該成型用フイルムを所定形状に成形し、内容物を充填後、前記成型用フイルムの上面を蓋用フイルムで被覆してなる深絞り型包装方法において、前記成型用フイルムを加熱するに当り、該フイルムを上下一対の対向可動式密閉函で挟持し、該フイルムの上面を前記上側密閉函内に設けた熱板の下面に、吸着作用により密着せしめて加熱するとともに、前記フイルムの下面に熱圧空を吹き付け、前記フイルムを上側密閉函内の熱板の下面に押し付けつつ下側密閉函内に設けた熱板の輻射熱と前記熱圧空とにより加熱し、さらに上下一対の可動式密閉函で成型するに当り、下側密閉函内を真空化して加熱されたフイルムを下側密閉函内の成型凹部に沿わせて成型するとともに、成型後のフイルム面に冷風を吹き付けて冷却することを特徴とする深絞り型包装装置等における成型用フイルムの加熱成型方法。

(2)  本件補正後

帯状の成型用フイルムの長手方向両側端縁を挟持して間歇移送し、該成型用フイルムを所定形状に成形し、内容物を充填後、前記成型用フイルムの上面を蓋用フイルムで被覆してなる深絞り型包装方法において、前記成型用フイルムを加熱するに際し、該フイルムを上下一対の対向可動式密閉函で挟持し、該フイルムの上面を前記上側密閉函内に設けた熱板の下面に吸着作用により密着せしめて加熱するとともに、下面を下側密閉函内に設けた熱板の輻射熱と熱圧空で、上側密閉函内の熱板の下面に押付けつつ加熱し、さらに上下一対の可動式密閉函で成型するに際し、下側密閉函内を真空化して加熱されたフイルムを下側密閉函内の成型凹部に沿わせて成型するとともに上側密閉函内に冷風を吹き込み、成型後のフイルム面に前記冷風を吹きつけることを特徴とする深絞り型包装装置等における成型用フイルムの加熱成型方法。

(別紙図面(1)参照)

3  審決の理由の要点

(1)  昭和55年4月11日付で手続補正された本願全文補正明細書(以下、右補正を「1次補正」といい、右明細書を「1次補正明細書」という。)に記載された本願発明の特許請求の範囲は前項(1)のとおりである。

(2)  当審において昭和59年3月12日付で通知した拒絶理由(以下「本件拒絶理由」という。)は、次のとおりである。

本願出願は、明細書の記載が後記の点で不備のため、特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていない。

特許請求の範囲には、「フイルムを上下一対の対向可動式密閉函で挟持し、…」と記載されており、第2図等には、フイルムが挟持されて、フイルムと下側の函により密閉系が形成されることが示されている。一方、特許請求の範囲には、「フイルムの下面に熱圧空を吹き付けてフイルムを加熱する」旨の記載がなされている。しかしながら、密閉系内に圧力空気を送つたとしても、熱板に形成された吸排気孔を通して空気が移動するのはわずかであり、フイルムに熱圧空が吹き付けられるとは認められない(吹き付けられる状態を実現するには、送られた量の空気がフイルムの近傍で逃げる必要があり、密閉系ではそのような状態が起るとは考えられない。)。

したがつて、特許請求の範囲には、本願発明の構成が正確に記載されているものとは認められない。

(3)  請求人(原告)は、本件補正により、一時補正明細書の第11項第12行の「吹きつけることにより、」を「作用せしめて」と補正するとともに、特許請求の範囲の記載を前項(2)のとおり補正した。

そこで、本件補正により、本件拒絶理由で摘示した不備が解消したかを検討する。

本件補正により、1次補正明細書の特許請求の範囲の「前記フイルムの下面に熱圧空を吹き付け、前記フイルムを上側密閉函内の熱板の下面に押し付けつつ下側密閉函内に設けた熱板の輻射熱と前記熱圧空とにより加熱し、」の記載が、「下面を下側密閉函内に設けた熱板の輻射熱と熱圧空で、上側密閉函内の熱板の下面に押付けつつ加熱し、」と訂正され、特許請求の範囲の記載から「吹き付け」なる文言が削除されたが、1次補正明細書第6頁第10行ないし第14行に「図示していないが外部のポンプに通ずる吸排気孔22を通して送られてくる圧力空気を前記熱板20の吸排気孔21を通して加温された熱風としてフイルム1の下面に送るようにしてある。」と説明されていることからみれば、「吹き付け」なる文言が削除されたとしても、特許請求の範囲の前記記載の内容が実質上変更されたとすることはできない。

してみれば、本件補正により明細書の不備な点が解消されたとすることはできない。

したがつて、本願は、特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていない。

4  審決の取消事由

審決は、本件拒絶理由中の「密閉系内に圧力空気を送つたとしても、熱板に形成された吸排気孔を通して空気が移動するのはわずかであり、フイルムに熱圧空が吹き付けられるとは認められない。(吹き付けられる状態を実現するには、送られた量の空気がフイルムの近傍で逃げる必要があり、密閉系ではそのような状態が起るとは考えられない。)。」との認定を前提として、本願は明細書の記載が不備であるから、昭和60年法律第41号による改正前の特許法(以下、「改正前の特許法」という。)第36条第5項に規定する要件を満たしていないと判断した。

しかしながら、気体は、その気体を構成する分子がランダムに分散された状態においては、その分子間の結合はきわめて弱く、これら分子は外部の影響によつて自由に移動しうる状態にあるから、密閉系内に圧力空気を送ると、この圧力空気は最初は加られた圧力の方向に沿つて迅速に移動し、対向する壁面に衝突すると、そこで拡散して、きわめて短時間のうちに密閉系全体に行きわたり、密閉系内全体の圧力は送入された圧力空気の分だけ上昇する。

このことは、上野文男作成の実験報告書(甲第5号証)に記載された実験結果からも明らかである。すなわち、右実験結果によれば、大気圧に維持した密閉系内に低圧(ゲージ圧2kgf/cm2又は1kgf/cm2。ゲージ圧1kgf/cm2は大気圧約2気圧に相当する。)な圧力空気を送つた場合、送入される圧力空気は低圧であるにもかかわらず、当該密閉系内においては、密閉系内に通じる入口開口部の径の大小及び位置とは無関係に、きわめて迅速な空気の移動が発生することが証明された。

したがつて、本願発明においても、下側密閉函13'内に吸排気孔22から圧力空気を送入すると、この圧力空気は直ちに熱板20の下面全面に行きわたり、更に、フイルム1の下面に向けて移動する。そして、加圧空気は、その分子が熱板20に設けられた吸排気孔21の径に比べてきわめて小さいので、吸排気孔21内を通過してフイルム下面に吹き付けられるように移動するから、吸排気孔21内において加熱されていた空気は加圧空気の移動とともに熱圧空としてフイルムの下面に強く吹き当てられることになる。

原告は、本件補正により、1次補正明細書に記載された特許請求の範囲から、「熱圧空を吹き付け」との文言を削除したが、これは表現として必ずしも明確でない文言の使用を避けるためであつて、本件補正によつて補正された特許請求の範囲中の成型用フイルムの加熱についての要件、すなわち「(フイルムの)下面を下側密閉函内に設けた熱板の輻射熱と熱圧空で、上側密閉函内の熱板の下面に押付けつつ加熱し、」との記載は、審決が摘示する1次補正明細書の第6頁第10行ないし第14行における発明の詳細な説明中の「図示していないが外部のポンプに通ずる吸排気孔22を通して送られてくる圧力空気を前記熱板20の吸排気孔21を通して加温された熱風としてフイルム1の下面に送るようにしてある。」との記載とも合致している。

以上のとおりであるから、本件補正による特許請求の範囲は本願発明の構成を正確に記載しており、本願明細書の発明の詳細な説明の記載とも合致し、明細書には審決の指摘する不備は存しないから、本願は改正前の特許法第36条第5項に規定した要件を満たしていないとした審決は違法として取消されるべきである。

第3被告の答弁及び主張

1  請求の原因1ないし3は認める。

2  同4の審決の取消事由の主張は争う。

本願発明で用いられる程度の低圧空気を密閉系内に送つた場合に、この圧力空気が密閉系内でどの程度迅速に移動し、どの程度の速度で対向する壁面に衝突するかは知らない。

本願発明において、吸排気孔22を通して送られてくる圧力空気は、吸排気孔22の附近では、流れを形成することは認められるが、フイルム1は吸排気孔22から離れて設けられているばかりでなく、フイルム1の下面には流れをさえぎる熱板20が設けられており、また、その熱板20には、小さい吸排気孔21が設けられているだけであつて、しかも熱板とフイルム1との間隔が狭いから、原告が主張するようにフイルム1の下面に熱圧空が吹き付けられる、すなわち、熱圧空が強く吹き当てられることはない。

もつとも、圧力空気の送入によつて密閉函13'内の圧力が増大する時に、熱板20に設けられた吸排気孔21内及びフイルム1と熱板20との間にある空気が移動することは考えられるが、この移動はわずかであり、熱圧空が吹き付けられるという概念に入る移動ではない。

したがつて、審決の認定、判断は正当であつて、審決には原告の主張する誤りはない。

第4証拠関係

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

理由

1  請求の原因1ないし3は、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

成立に争いのない甲第2ないし第4号証によれば、本願発明は、深絞り型包装などにおける成型用フイルムの加熱成型方法に関するものであつて、この方法に関する従来技術は、① フイルムの上下面に熱雰囲気を形成して、加熱軟化させる、② 軟化したフイルムを上下より密閉して真空又は圧空気により成型型に沿わせて容器を成型するという2工程からなるが、フイルム加熱が間接的であつて熱効率が悪く、フイルム各部における加熱温度の均一を得ることが難しい、フイルムの加熱軟化時に不規則なたるみを生じるため次工程での成型時にシワが発生する、熱効率が悪いために処理速度が遅く包装能力が低い、間接加熱のため成型不良を生じ易い、フイルム自身のもつ余熱のため変形を生じ易い等の欠点があつたこと、本願発明は、これらの諸欠点を解消し、「加熱時のフイルムのたるみを防止して成型時のシワの発生をなくし、短時間で効率のよい加熱を行うようにするとともに成型時においても余熱等のための成型もどりによる不良をなくし、正確な深絞り容器の成型を能率よく行わしめんとする」(1次補正明細書第4頁第2行ないし第7行)ことを技術的課題とし、この技術的課題を解決するための構成として、成型用フイルムの加熱工程に関しては、1次補正においては、「前記フイルムの下面に熱圧空を吹き付け、前記フイルムを上側密閉函内の熱板の下面に押し付けつつ下側密閉函内に設けた熱板の輻射熱と熱圧空とにより加熱」することを特許請求の範囲に記載していたが、本件補正により「前記フイルムの下面に熱圧空を吹き付け」なる文言を削除し、「(フイルムの)下面を下側密閉函内に設けた熱板の輻射熱と熱圧空で、上側密閉函内の熱板の下面に押し付けつつ加熱」することを特許請求の範囲に記載していることが認められる。

審決は、本件拒絶理由における「密閉系内に圧力空気を送つたとしても、熱板に形成された吸排気孔を通して空気が移動するのはわずかであり、フイルムに熱圧空が吹き付けられるとは認められない(吹き付けられる状態を実現するには、送られた量の空気がフイルムの近傍で逃げる必要があり、密閉系ではそのような状態が起るとは考えられない。)。」との認定を前提として、本願明細書の特許請求の範囲には、本願発明の構成が正確に記載されているものとは認められないとし、更に、本件補正により「吹き付け」なる文言を削除しても、1次補正明細書の第6頁第10行ないし第14行の(発明の詳細な説明中の)記載からみて、特許請求の範囲の記載内容が実質上変更されたとすることはできないとし、これに対し、被告は、本願発明における密閉系の構成からみて、圧力空気の送入による空気の移動はわずかであり、熱圧空が吹き付けられるという概念に入る移動はないから審決の右認定、判断に誤りはない旨主張するので、まず本願明細書に記載された加熱工程に関する密閉系の構成と圧力空気の移動について検討すると、前掲甲第2ないし第4号証によれば、本願発明のフイルムを加熱軟化させる工程において用いられる装置は、上側密閉函と下側密閉函をもつて構成され、発明の詳細な説明中に記載された一実施例では、上側密閉函13内には、「ヒーター15を含んだ熱板16を設け、該熱板16には多数の吸排気孔17を孔設して、フイルム1を挟持密閉したとき、吸排気孔17を通してフイルム1を吸着せしめて、フイルムの加熱を熱板に密着した状態で直接加熱せしめる」とともに、下側密閉函13'内には、「ヒーター19を含んだ熱板20を設けてあり、該熱板20には、多数の吸排気孔21が孔設されてい、フイルム1を挟持密閉したとき下方より熱板20からの輻射熱でフイルム1の下面側を加熱するようにするとともに、図示してないが外部のポンプに通ずる吸排気孔22を通して送られてくる圧力空気を前記熱板20の吸排気孔21を通して加温された熱風としてフイルム1の下面に送るようにしてある」(1次補正明細書第5頁第17行ないし第6頁第14行)こと、絞り深さが特に深い場合に用いる他の実施例では、同じく上部加熱ボツクス13、下部加熱ボツクス13'によつて成型用フイルム1を挟持密閉して加熱を行う工程において、下部加熱ボツクス13'に設けられた吸排気孔22を通して圧力空気が送り込まれ、「該圧空は熱板20に穿設した多数の吸排気孔21を通つて熱圧空気としてフイルム1の下面を押しつける。フイルム1は上部加熱ボツクス13内の熱板16に密着する。フイルム1と該熱板16間における空気層は圧縮されて、吸排気孔17を通して排出される。この状態でフイルム1は上面を熱板16と密着して直接加熱され下面は熱圧空並びに熱板20からの輻射熱によつて同時に両側から加熱される」(同第9頁第13行ないし第10頁第2行)ことが認められる。

ところで、本願発明の前記下側密閉函13'内に吸排気孔22を通して圧力空気を送入した場合(以下、前記実施例のうちの前者に関連づけて説明するが、後者の下部加熱ボツクス13'内に吸排気孔22を通して圧力空気を送入した場合も、事理は同様である。)、空気を構成する多数の分子は、熱板20に穿設した吸排気孔21の大きさをどのように構成しようとも、その孔に比べて大きさを無視することができる程度に非常に小さく、かつあらゆる方向に自由に運動することができるものであることは、気体の分子運動の特質から自明であるから、ヒーター19を含んだ熱板20に衝突した気体分子はきわめて迅速に拡散して密閉函の系全体に行き渡り、全体の圧力は送入された空気の量に応じて瞬時に増大し、熱板20に設けられた吸排気孔21を通過し、この時吸排気孔21内に加熱され貯溜していた空気は圧力空気の移動により熱圧空としてフイルム1の下面に作用することは明らかである。

このことは、本願発明の下側密閉函13'とフイルム1とにより形成される密閉系と類似の密閉系内に圧力空気を送入した場合の実験結果からも裏付けられる。すなわち、成立に争いのない甲第5号証(上野文男作成の実験報告書)によれば、右実験は、株式会社小金井製作所製造に係るエアフイルタを一部改造したものを用いて行われたものであつて、右装置は、別紙図面(2)に表示したとおりそのヘツド部1の両端側にそれぞれ開口部2、3を水平に形成し、ヘツド部1の下方には空気が流通しないようにした筒状のフイルタエレメント4を、ロツド6と(その下端に後記端板5、リングワツシヤーEを介して螺着される)ナツト8とによつて固着し、フイルタエレメント4の下端に直径約0.7ミリメートルの小孔D4個を穿設した端板5を取付け、ナツト8を締付けることによつてリングワツシヤーEを介して端板がフイルタエレメント4の下端面に押圧され、フイルタエレメント4の内側空間部が閉鎖されるようにし、また、ヘツド部1の下方鍔部9内に透明なプラスチツク製カツプ10の上端が環状パツキング11を介して嵌合され、この鍔部9に締結ネジ環12が螺着されることによつてカツプ10はヘツド部1に結合されており、開口部2に圧力ゲージAを取付け、開口部3に加圧空気供給パイプBを連結し、圧力空気を開口部3より送入すると、圧力空気はフイルタエレメント4の内部より小孔Dを通つてカツプ10の内部に至り、更に開口部2に達する構成としたものであるが、このパイプBをコンプレツサーのパイプと気密に連絡した後に、コンプレツサーの供給圧力をゲージ圧で2kgf/cm2又は1kgf/cm2に設定して加圧空気を開口部3から供給すると、供給と同時にカツプ10の内底面に溜つていた小紙片Fが一斉に勢いよく舞い上げられ、次いで直ちに落下したが、この時開口部2に取付けられたゲージAの圧力は供給圧力と同圧の2kgf/cm2又は1kgf/cm2を示し、この値を維持したことが認められる。そして、この実験装置は開口部3の径のフイルタエレメント4の内側空間部の内容積に対する比率が本願発明における吸排気孔22の下側密閉函13'に対するそれと同一でないこと、開口部3から端板5に至る加圧空気の通路が略直角になつていること、端板5からカツプ10の底面に至る距離が本願発明の熱板20からフイルム1の下面に至る距離に比べて長いことなどの諸点において本願発明における下側密閉函13'と相違しているが、圧力空気を送入した場合における空気の移動に関しては、前記下側密閉函13'と同様の作用を示す密閉系に属するものといえるから、前記実験結果に照らしても、本願発明において、下側密閉函13'内の吸排気孔22を通して送入された圧力空気は前記認定のように作動するものと認めるのが相当である。

そうであれば、本願発明における前記下側密閉函13'の構成からみて、吸排気孔22を通して圧力空気を送入することにより熱圧空がフイルム1に吹き付けられるといえる程度に移動するかは検討の余地がないとはいえないが、1次補正における特許請求の範囲中の「前記フイルムの下面に熱圧空を吹き付け」なる文言は、本件補正により削除されるとともに、本件補正は、加熱工程に関し、「(フイルムの)下面を下側密閉函内に設けた熱板の輻射熱と熱圧空で、上側密閉函内の熱板の下面に押付けつつ加熱」すると訂正したことは前述のとおりであり、審決が右文言の削除によつてもなお特許請求の範囲の記載内容が実質的に変更されたとすることができない理由として摘示する1次補正明細書中の「図示していないが外部のポンプに通ずる吸排気孔22を通して送られてくる圧力空気を前記熱板20の吸排気孔21を通して加温された熱風としてフイルム1の下面に送るようにしてある。」(第6頁第10行ないし第14行)との記載も、前記認定のように、下側密閉函13'内に送入された圧力空気がきわめて迅速に下側密閉函13'の系内全体に拡散し、熱板20に設けられた吸排気孔21を通過することによつて、加熱された熱圧空としてフイルム1の下面に送られてくることを意味するにすぎないと理解することができるから、この記載があるからといつて、本件補正により特許請求の範囲が実質的に変更されたとすることはできないとするのは失当である。

そして、本願発明において、熱圧空をフイルム1の下面に送る目的は、下面から熱圧空をフイルム1に作用せしめることによつてフイルム加熱時のたるみを防止し、成型時におけるシワの発生をなくすること前述のとおりであり、前掲甲第2ないし第4号証によれば、本願発明は、圧力空気を下側密閉函13'内に送入することにより、前記認定のように熱圧空をフイルム1の下面に作用させるから、フイルム1を上側密閉函13内の熱板16の下面に押付けることができ、これによつて「上面を熱板に密着保持せしめた状態で直接加熱を行うようにするとともに、下面からも、熱板からの輻射熱と加温された熱圧空を作用せしめて、フイルム加熱時のたるみを防止することにより成型時のシワの発生をなくし、短時間で効率のよい加熱を行うようにする」(1次補正明細書第11頁第10行ないし第15行、本件補正明細書第2頁第4行ないし第6行)という所期の効果を奏することができるものと認められるから本件補正により補正された本願明細書の特許請求の範囲には、本願発明の目的を達成し、また、その効果を奏するために必要不可欠な技術的手段が技術的にみて合理性のあるものとして理解することができる程度に記載されているものということができる。

以上のとおり、本件補正により補正された本願明細書の特許請求の範囲の記載は技術的に十分理解することができるものであり、審決が別異に解する理由として摘示する前記発明の詳細な説明中の記載によつても右の理解は何ら影響を受けるものではないというべきであるから、本件補正によつても特許請求の範囲の記載の不備は依然として解消されたとすることはできず、本願は改正前の特許法第36条第5項に規定する要件を満たしていないとした審決の判断は誤りであり、違法として取消されるべきである。

3  よつて、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は正当として認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第7条、民事訴訟法第89条の各規定を適用して主文のとおり判決する。

(蕪山嚴 竹田稔 塩月秀平)

<以下省略>

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